【SIer業界】今でもあるのか?システムエンジニアブラック体験

システムエンジニアのイメージ

こんにちは。今日もご来訪、感謝です。

実は今日二個目の投稿です。積極的に記事を投稿しております。

思ったより涼しくて、少し秋の雰囲気も感じてきましたね。

ま、蒸し暑いのでエアコンの除湿ガンガンかけまくりですけどね。

さて、本題に入らせていただきます。

今日はSier・システムエンジニア業界についてお話しさせていただきます。

私自身が経験した職業・職種体験を元にお話しさせていただきます。

システムエンジニアの体験記を紹介させていただきます

今日は少しユルめのネタというか、自分の体験談として、

新卒入社で体験したシステムエンジニア

の体験記を少し書かせていただきます

私は新卒として大手Sierに入社したことがあり、

2年ほど働いておりました。以下の記事で詳細もご確認ください。

システムエンジニアと言えば、ブラック、勤務時間長い、給料安い・・・

いろいろ悪いイメージもあろうかと思います。

実際どうだったのか、働き方改革が叫ばれている昨今はどうなのか、

少し元同僚の話も交えながらお話しさせていただきます。

入社時の研修の様子

システムエンジニアの求人に多く記載されているのは「未経験歓迎」ですね。

理系のイメージが強いですが、文系出身の学生も体験できるモノづくりということで、

文系の学生もモノづくりに憧れ、よく入社します。

SE業界自体も研修が手厚く、学生の能力次第で経験者の差は、

ほぼキャッチアップできますが、

私の入社した会社の研修がとてもハードでした。

グループで「Amazonみたいな書籍購入システムをつくる」というお題があり、

そのお題を通してプログラミングスキル・ビジネスコミュニケーションを学びました。

まず、個人ワークがあります。個人ワークが終わった後、

グループワークに入るのですが、

グループワークはそのメンバー全員が入らないと開始できません。

しかも個人ワークは新卒一年目同士で教えあうのがNGで、

独力で解消しないといけません。

グループのメンバーはテストの順位で1位からビリまで均等に割り振られるので、

メンバー間でプログラミングに関する学習理解度に差があり、

いつまでもメンバーがグループワークに入れないグループもあります。

書籍購入システムを最後はプレゼンするという事になっていて、

その発表は配属後の部門長クラスが見に来ます。

グループワークが間に合わず、システムが完成しないときには、

なんで自分たちはシステムが完成しきれなかったのか

という理由と反省をプレゼンの場でのべるのです。

はっきり言って地獄でした。

また、限られた期間でのグループワークでしたが、研修という事もあり、

表向きには「定時時間内に終わるように」という事なのですが、

人事から言われたのは「自己啓発で家で自習するのは自由だから」という一言のみ。

要は「自主的に家でキャッチアップしろ」と、そういう事でした。

私の組は何とかシステムを作れたのですが、何組かはシステムを作りけれず、

謝罪会見みたいなプレゼンを何組か見かけましたね。

この時、自己啓発で仕事を持って帰るという事を学びました。

実際帰るのは遅くて残業はどれくらいだったのか?

入社後の研修もそこそこに部署に配属された後は、

定時に帰れたのは最初の1週間だけでした。

OJT(仕事を通じて指導・サポートしてもらう指導法帆のこと On the Job Traningのこと)

の先輩が「早く帰れ(自分の仕事ができなくなるから)」と言ってくれたのですが、

早速保守しているシステムの要件定義、という上流工程にアサインされ、

慣れない仕事で全然うまく進まず、

しかも難易度低めの要件定義を想定していたのですが、

先輩たちが想定していない難易度の高い不具合が潜在しており、

予定より大幅なシステム改修が入り、

新卒の中で唯一のフロアの最終退室者も経験しました。

また、システムのリプレース(改築)という難易度高い案件を担当することになり、

仮想化サーバ」という新しい技術を、学びながら対応していくという

壮絶なプロジェクトに配属されました。

社内でもその技術を知っている人はいないので、

自分で勉強しながらプロジェクトを担当しました。

2億相当の売り上げを誇る大型案件で、適当にもできず、

先輩からも予定通りできるまで帰るな。と言われ、

大体家に帰るのが22時~23時21時に帰れれば早い方でしたね。

先輩に定時修了間際に仕事を振られ、

明日俺が来るまでに仕上げといて」という捨て台詞を

残されるという事もしばしばありました。

とは言え、36協定(サブロク協定)もあるので、

そんな残業ばかりしていると、月45時間はゆうにこえるのですが、

行けるんですねこれが。。。

36協定とは、労働基準法36条に基づく労使協定であり、企業が法定労働時間(1日8時間・1週間で40時間)を超えて労働(残業)を命じる場合に必要となります。

人事のミカタより引用

残業代は申請できたのか?

ちなみに申請した分は残業代は出ました。みなし残業が多かった時代ですので、

その点は所属していた企業は労務環境はある程度恵まれていたと思います。

ですが、当時の勤務ルールとして。。。

  • 朝はどれだけ早く来ても残業がつかない
  • 勤怠の申請と、社員証をピッとした時間に1時間の誤差が出るまでエラーが出ない
  • 21:00~22:00は深夜残業前の休憩という位置づけで強制的に勤務時間から1時間減らされる

というものがあり、当時私は、だいたい8:00~23:00まで働いておりました。

深夜残業しているイメージ

しかし、勤怠としては8:00~22:00までということで勤怠を付け、

8:00~9:00の朝残、21:00~22:00は上記ルールにより勤務時間としてカウントされないので、

勤怠上9:00~21:00で一日残業3時間ほどになります。

これで残業時間が40~60時間程度に抑えられます。

抑えられるというのが不思議な表現ですが。。。立派なサービス残業です笑。

ちなみに上司からは「勤怠1時間まで誤差つけるのが普通でしょ」と言われました。

しかも残業代が安く、残業1時間当たりの時給が、1,100円程度だったと思います。

毎月60時間働いて残業手当が60,000円から70,000円ほどだったかと。

東京の居酒屋で働いているバイトより安いじゃん。て思いましたね。。

土曜か日曜かの深夜に呼び出され、

あくる日の昼までぶっ通しで働いたこともあります。

それでも手当としては全然つかなかった記憶があります。

先輩や上司はどうだったのか?

先輩・上司は厳しかったです。帰りが遅いのも

まだ成長段階だから仕事が遅いのは当たり前。もっと働け

と言った雰囲気がプンプンでしたね。

それでも先輩らが偉いのは、仕事が遅い私を置いて帰らず、

しっかり見てくれていました。

ひと段落ついて帰るとなったときは一緒に晩御飯で一杯飲みながら、

苦労をねぎらってくれました

それでチャラにするなよ・・・という人もおられるかもしれません。

しかし、そういったフォローに対し、

私としては恩義みたいなものを感じていたのかもしれません。

残業していることに会社の不満はなく、自分の未熟さを感じていました。

資格も一生懸命時間見つけて勉強して取得しましたしね。

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ただ、会社の緊急連絡用(システムの不具合や障害などのトラブルを検知すると、

監視チームから連絡を受けます)の携帯をチームでローテーションで

持ちまわっていたのですが、

私が下っ端という事もあり、

いろんな理由をつけて私ばかり持たされるようになりました。

あの理不尽さは今でも腹が立っています笑

休みや定時帰りはできたのか?

やはり用事で定時帰りしたいときとか、有給休暇を取りたいときはありました。

ただ、休みを取る雰囲気は全くなく、上司に許可を取ると、

「先輩が仕事しているのに休み取るんだね。。。」と半ば冗談、

半ば本気のコメントを出され、

定時帰りは難しかったですね。

平日の飲み会や仲間の集まりはほぼ時間内に行けたことはありません

旅行中も会社携帯を持たされ、旅行中に仕事の電話をすることもしばしばでしたね。

今は同僚はどうなっているのか?

たぶん端から見れば私が勤めていた会社はブラック企業でしたが、

やめた後の元同僚の話を聞くとずいぶんと改善されているようです。

9:00より前に出社した分の残業代も出るようになったみたいですし、

勤怠も1時間より短い差異でエラーが出るようになったようです。

休みもある程度取りやすくなったようです。

無茶な残業も減り、

何より、私が去った後、所属していた部署は消滅したそうです。。。

結構若手が辞めていったみたいです。

それもあり、職場の就労環境はだいぶ良くなったみたいです。

退職のイメージ図

システムエンジニアで良かったこと

しんどい思い出ばかり思い出されますが、

ITスキルに触れ、ITに関する知識をつけられたのは大きかったです。

  • Linux
  • Oracle
  • SQL
  • 仮想サーバ、VMWareの知識
  • JavaやC言語のコーディングスキル
  • Excelなどのオフイス製品の操作
  • PCの操作スキル(ショートカットキーを用いてマウスやキーボードを素早く操作する)

できるだけ残業すまいと頑張ることでより早く身についたのではないかと思います。

資格も取り、FE(基本情報技術)やAP(応用情報技術)を取得し、

今でも求人などで有利に動きます。

あと、新知識の台頭が速いIT業界にいたことで、

知識や情報・技術に対して敏感になりました。

ネットや新聞・テレビなど何らかの情報を得ようとし、

勉強しようとする「ラーニング・アニマル」に少しだけなれたのかなと思います。

今やビジネスマンは学び続けないと淘汰されていき、45歳くらいになったときに

悪い意味で会社で扱いに困る存在になっちゃうのではないかと危惧しています。

学び続けるべきだと思います。

今はパッケージ導入というシステム開発が主流になりつつあり、AWSやGCP、Azureといったクラウドのプラットフォームへの移行が多くなりつつあります。そういったトレンドに乗っていくためにも学びが必要になりますね。

結論:システムエンジニアの経験は無駄ではなかった

学びながら頑張っているエンジニアのイメージ

以上、SE業界のブラック話でした。

やはりブラックな労働環境だったし、私なんかまだましな方だったかもしれないくらい

ブラックなイメージのあるSE業界ですが、

今はそんな無茶な働き方はできないと思います。

だいぶ改善されているとみるのが正しいと思いますし、

不安であれば面接などで遠慮なく聞いてみるのもありだと思いますね。

私は当時遅くまで働き、しんどい思いをしましたが、それも人生の道の一つで、

その経験が今生きていると思いますね。

自主的に学ぶ・知識を身に着ける習慣は必要ですし。

ただ、自分が人を管理する立場になっても、

自分が経験したような遅くまで働く根性論は

押し付けるつもりはないです。

どうしたら定時で帰宅できるか、

優先したいイベントに時間内に間に合うように調整できるか、

寄り添ってあげられる管理職になりたいと思います。

今はシステムエンジニアと表現せず、「ITエンジニア」と、

フィールドが幅広くかつクリエイティブなイメージを持つような

表現を使うようになりました。

ぜひ関連の本も読んで、今のエンジニアについてもご理解いただければと思います。

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